なことでもいい
だてああいう病院の検査とか治療ってずいぶん消耗するものだってことを私はよく知ってるからね、それで大丈夫かなあって心配してたわけ。でも私ひと目見て、ああこれならいいやって思ったの。顔つきも思ったより健康そうだったし、にこにこして冗談なんかも言ってたし、しゃべり方も前よりずっとまともになってたし、美容院に行ったんだって新しい髪型を自慢してたし、まあこれならお母さんがいなくて私と二人でも心配ないだろうって思ったわけても、あなたが直子にしてあげられることはいっぱいあるのだということです。だから何もかもそんなに深刻に考えないようにしなさい。私たちは私たちというのは正常な人と正常ならざる人をひっくるめた総称です不完全な世界に住んでいる不完全な人間なのです。定規で長さを測ったり分度器で角度を測ったりして銀行預金みたいにコチコチと生きているわけではないのです。でしょう
私の個人的感情を言えば、緑さんというのはなかなか素敵な女の子のようですね。あなたが彼女に心を魅かれるというのは手紙を読んでいてもよくわかります。そして直子に同時に心を魅かれるというのもよくかわります。そんなことは罪でもなんでもありません。このただっ広い世界にはよくあることです。天気の良い日に美しい湖にボートを浮かべて、空もきれいだし湖も美しいと言うのと同じです。そんな風に悩むのはやめなさい。放っておいても物事は流れるべき方向に流れるし、どれだけベストを尽くしても人は傷つくときは傷つくのです。人生とはそういうものです。偉そうなことを言うようですが、あなたもそういう人生のやり方をそろそろ学んでいい頃です。あなたはときどき人生を自分のやり方にひっぱりこもうとしすぎます。精神病院に入りたくなかったらもう少し心を開いて人生の流れに身を委ねなさい。私のような無力で不完全な女でもときには生きるってなんて素晴らしいんだろうと思うのよ。本当よ、これだからあなただってもっともっと幸せになりなさい。幸せになる努力をしなさい。
もちろん私はあなたと直子がハッピーエンディングを迎えられなかったことは残念に思います。しかし結局のところ何が良かったなんて誰にかわるというのですかだからあなたは誰にも遠慮なんかしないで、幸せになれると思ったらその機会をつかまえて幸せになりなさい。私は経験的に思うのだけれど、そういう機会は人生に二回か三回しかないし、それを逃すと一生悔やみますよ。
私は毎日誰に聴かせるともなくギターを弾いています。これもなんだかつまらないものですね。雨の降る暗い夜も嫌です。いつかまたあなたと直子のいる部屋で葡萄を食べながらギターを弾きたい。
直子が死んでしまったあとでも、レイコさんは僕に何度も手紙を書いてきて、それは僕のせいではないし、誰のせいでもないし、それは雨ふりのように誰にもとめることのできないことなのだと言ってくれた。しかしそれに対して僕は返事を書かなかった。なんていえばいいのだそれにそんことなのだ。直子はもうこの世界に存在せず、一握りの灰になってしまったのだ。